2011年10月16日
2011年47本目
2011年47本目
猿の惑星:創世記(ジェネシス)
出演
ジェームズ・フランコ
フリーダ・ピント
ジョン・リスゴー
デヴィッド・オイェロウォ
タイラー・ラビーン
ジェイミー・ハリス
デヴィッド・ヒューレット
タイ・オルソン
マディソン・ベル
マケンナ・ジョイ
カリン・コノヴァル
テリー・ノタリー
リチャード・ライディングス ほか
画像は、Yahoo!映画様よりお借りいたしましたm(__)m
猿の惑星は、ティム・バートン監督作を観てから旧作も全鑑賞。
好きな作品の1つです。
そして今回、創世記ということで鑑賞。
感想は追記にて。
感想
まさか猿の惑星で泣くとは思わなかった。
結構、中盤から終盤に向けて、ウッときていたんだけど最後のいやいや泣かないってちょっと頑張っていた部分がありました。
だけどシーザーがウィルに「ここが僕のお家」(←若干違うと思う)って言った瞬間、涙線崩壊。
エンディングが流れ出しても涙が止まらない。
結局、あまり涙も拭き切れていない状態で映画館を出て一緒に観に行った人に泣いてもたわって言いました。
やはりこういう作品は人間が悪いというように描かれてしまう。
実際、観ていて人間の愚かさ、私利私欲が嘲笑うかのように描かれていて、うん、そうなんだよって観ていて情けなかった。
全体的にシーザー目線で描かれているのがこの作品の良さだと思いました。
誕生に隠されたシーザーの秘密を最初から観ている側は分かっている。
赤ちゃんの時のかわいいシーザーを見ているので、親戚の子供が大きくなっている様子を見ている感覚。
知能だけでなく自我も芽生えて行くのが手にとるように分かる。
一番、分かりやすかったのが犬につけられているリードを見て、自分の首につけられているものと同じで自分はペットなのかと疑うというか怒って確認する場面。
その時のシーザーの表情がたまらなく素晴らしい。
アンディ・サーキスさんがシーザーを演じているのですがあそこまでいろいろな場面での表情のうまさはこの方がもちろん上手だから。
こういう役柄の場合、クレジットにでてこないと聞いたことがあるのですが、そういうのって変わらないのかなと思ってしまいました。
個人的にうーんと思ったのはシーザーがウィルを最後に許すと言ったら変だけど別れのシーンかな。
ウィルは決して悪い人ではないし私利私欲の塊かというと少し違う。
でもやっぱり自分の父に対しての面でみれば、自分が面倒だからどうにかしたいっていう面もあったんじゃないかと思うんだよね。
その面でいえばやっぱり自分勝手となるわけで。
現実問題、隣に大きな猿がいたら怖いって、隣人さんが凄く不憫に思えてしまいました。
子供達が怖い目にあい、自分の車を壊されて、襲われて、最後に・・・。
シーザーとウィルの別れの場面が終わった時に・・・あれ?これだと猿の惑星にならないよって思っていたら、隣人さんがパイロット。
その時点で、おいおい隣人さんパイロットかーいって髭男爵風に思っちゃったよ。
しかも行き先がニューヨークって旧作の猿の惑星をしっかりと意識している。
そうそう、シーザーという名前も旧作の確か4作目に出てきますよね。
お母さんの名前もジーラで同じでしたよね。
こういうところから見てもしっかりと旧作をオマージュしていてリスペクトしているのが伝わってきます。
そしてキャストですがジェームズ・フランコはスパイダーマンの悪役からしっかりと化けたよね。
と言ってもスパイダーマンの時から悪役とはちょっと違いましたかね。
どうも優柔不断な感じがよかった。
そして相変わらず嫌な役、トム・フェルトンはもう少しいい役をやってもいいんじゃないの?なんだか観ていてかわいそうになった。
いや、観ている時は嫌な奴だったんだけどね。
どうもハリーポッターのドラコのイメージが強すぎる。
そして今回はもっと嫌な奴。
それがまたウマイんだよな~多分本当はいい人だと思うので、もうちょっと不器用な青年役とかこないものかね。
そしてチンパンジー、オランウータン、ゴリラとどの動物も一人一人表情が違って素晴らしかった。
最早、技術がどうとかではないんだよね。
もちろん最新の技術を使っているんだろうけど、やっぱり人間の持つ表情の力って凄いんだよね。
シーザーの子供から大人に変わっていった時の表情も全然違うんだよね。
表情もしっかりと大人になっていく、やっぱり人間って凄いんだよ。
でも身勝手なところも多すぎる今作でますます学んだことだと思いました。
私の中では今のところ今年の洋画部門だと3位以内には入っています。
Posted by ミーハー女 at 15:00│Comments(0)
│映画
※このブログではブログの持ち主が承認した後、コメントが反映される設定です。